兵庫県丹波市に建つ石龕寺で紅葉を観賞してきました。
アクセス
石龕寺へは、姫路市方面から車で向かいました。
姫路市方面から丹波市に入り、国道175号を経由し石龕寺参道手前の駐車場に到着。
姫路市から高速道路を使わず車で1時間半ほどかかります。
駐車場
参道手前の広場のような場所が駐車場になっていました。
駐車料金は無料。
駐車台数は普通車約50台。
最寄り駅・近隣交通機関から
JR「谷川駅」から県道86号を経由して約7.5 km
JR「船町口駅」から国道175号を経由して約5.2 km
地図
石龕寺(丹波市)
兵庫県丹波市にある石龕寺は、高野山真言宗の寺院です。
587年に聖徳太子が開基したと伝えられています。
御本尊は観世音菩薩。
山号は岩屋山。
寺号の「龕」とは、石窟や家屋の壁面に、仏像・仏具を納めるために設けたくぼみ、または、仏壇や厨子 (ずし) を意味します。
岩屋山石龕寺(高野山真言宗)と竹林山常勝寺(天台宗)と萬松山慧日寺(臨済宗)で山南三山と呼ばれます。
足利氏とゆかりが深く、太平記には足利尊氏とその子、義詮(よしあきら)がこの地に身を寄せたことが記されています。
観応の擾乱にて尊氏が弟直義に敗れ、京都から播磨に逃れる際、義詮に仁木頼章(にっきよりあき)・義長(よしなが)兄弟らと二千騎をつけて石龕寺に留めました。
このとき、石龕寺の僧が丹波栗を献上すると義詮はその一つに爪痕を付け、
「都をば出て落ち栗の芽もあらば世に勝ち栗とならぬものかは」
(もしこの栗が芽を出せば、都に出て天下を取ったものと思ってくれ)
という歌を添え、栗を植えて去ったといいます。
その後、義詮は京にもどり室町幕府第2代将軍になったため、栗は「爪あと栗」または「ててうち栗」として伝えられています。
時代は下って戦国時代、織田信長の命令で明智光秀が丹波攻めをおこなった際に山門を除いて焼失しましたが、以来歴代住職や信徒の尽力により復興されました。
紅葉の名所としても知られ、丹波紅葉三山や丹波もみじめぐり十カ寺に数えられています。
毎年11月の第三日曜日には、「もみじ祭り」が行われています。
石龕寺の紅葉
紅葉を見るため、丹波の古刹「石龕寺」を訪ねました。
「石龕寺」は紅葉の名所として知られ、丹波紅葉三山の1つとなっています。
駐車場に車を停め、入山料300円を払い参拝。
門前からすでに見事な紅葉が始まっていて、参道をあざやかに染め上げていました。
朱く染まった、もみじ並木をしばらく歩くと、山門が見えてきます。
この山門に立つ金剛力士立像は国重文で、仁治3年(1242)肥後法橋定慶(ひごほっきょうじょうけい)の作とされます。
門をくぐるとお大師さんの像が立ち、赤や黄に染まったモミジが参道をいろどっています。
昼下がりの透過光が、モミジを美しく輝かせていました。
この紅葉の参道は本堂である、毘沙門堂までつづきます。
境内にある水琴窟。
毘沙門堂は何層かの石垣が積まれた最上段にあり、古びた石積からは侘びた風情だけでなくどことなく武骨な印象も受けました。
この石垣の剛健な造りはかつての寺勢ゆえか、あるいは戦乱と無縁とは言えない、このお寺の歴史と何かしら関連があるのかもしれません。
石垣やその周りにも、もみじが多く植えられ、あたりを鮮やかに染め上げていました。
毘沙門堂の周辺はこのお寺の中でも、一番もみじの密度が高い場所だと思います。
本堂の周りは、おちついた雰囲気で静謐な空気が漂っていました。
石龕寺には、ちょうど紅葉の見ごろに訪れることが出来、この秋一番のもみじ観賞が行えた気がします。
まとめ
石龕寺では、参道から毘沙門堂まで広い範囲で、密度の濃い紅葉が楽しめます。
紅葉の名所が多い丹波市でも、屈指の紅葉観賞が出来る寺院だと思います。
毎年11月の第三日曜日に催行される「もみじ祭り」の他、モミジの見頃にライトアップが行われています。
基本情報
所在地 | 〒669-3141 兵庫県丹波市山南町岩屋2番地 |
料金 | 紅葉の時期は拝観料300円 |
拝観時間 | 9:30~16:30 |
お問い合わせ | かいばら観光案内所 TEL 0795-73-0303 |
関連サイト
石龕寺 | 観光スポット | 兵庫県公式観光サイト HYOGO!ナビ
写真撮影日
2014年11月